伊織と志保、その後

劇場版の感想の一部になっているので、そちらから観ていただければ幸いですw












ダンススタジオのロッカールーム、鞄の中に入れた、携帯電話が鳴動している。

伊「はい、水瀬です。」
志「……北沢です。覚えていらっしゃいますか。」
伊「もちろん覚えているわよ。珍しいわね。どうしたの、何か用?」
志「あ、あの、大変勝手なお願いなのですが、相談にのっていただきたいことが。」
伊「これから?この後なら構わないわよ。○○駅まで出てこれる。」
志「はい。そこならスクールの帰り道ですので。」
伊「それなら、駅前の時計台の前で待っていて。今から30分くらいで着くわ。」
志「はい。ありがとうございます。」
伊「これくらい、お安い御用よ♪」


駅前にて、時計台の下で待っている志保を見付けた伊織は、駆け寄って声をかけた。

伊「お待たせ。」「!」
志「今日は、勝手なお願いをしてすみません。」
伊「し、志保……」


とあるレストラン、老舗らしい落ち着いた雰囲気のレストランを訪ずれた二人は、奥の個室に案内された。

伊「ここは、昔なじみのお店だから、遠慮しないでくつろいでちょうだい。」
志「は、はい。」
伊「わたしは、いつもの。志保、飲み物何でもいい?」
志「あ、は、はい」
伊「じゃ、アレを持ってきて。」
志「……」
伊「珍しいじゃない、志保から連絡くれるなんて、ライブ以来かしら。元気にしてた?」
志「はい……」
伊「あら、飲み物が来たようよ。どうぞ、召し上がれ。ここのシェフ特製のホットヨーグルトよ。酸味も抑えてあるので飲み易いはずよ。」
志「あ、ありがとうございます。」
伊「で、どうしたの、私に相談なんて、らしくないわよ。それに、その顔。化粧で誤魔化しているつもりかもしれないけど、バレバレよ。ちゃんと食事できてないでしょう。何があったの。」
志「あ、あの。実は……」
志「実は、 天海先輩のあの言葉が、ずっと引掛ってて……」
伊「……あの言葉?」

回想
志「私には、天海先輩のこと、まだ理解できません。」
春「理解しなくてもいいんだよ。みんな違っていいんだから。」
志「……」

志「その時、私は、理解できなくても良いと言われて、その時は納得できたと思っていたんです、ライブが終わるまでは。」
伊「……」
志「ライブが無事終った後、何故か天海先輩の言葉が想い出されて、何故だかとても突き放されたのではないか、という気持ちが芽生えて。」
志「それから、なんだか自分のことが良く分らなくなって。このままアイドル目指していいんだろうかって……」
伊「ったく。いいこと、志保。あなたは自分に自信を持ちなさい!」
伊「あなた達は、スクール生の身でありながら、見事765プロのライブのバックダンサーを努めきったのよ。あなた達失くしては、ライブの成功はなかったのよ。」
伊「そのために、どれほどの努力を重ねてきたのよ。その努力を否定しないで」
志「(ハッ)」
伊「現実的に考えて、可奈もダンスも間に合うはずがなかった。間に合う可能性は30%を切っていた。そうでしょう。それでも、あなた達のがんばりがそれを実現させた。それは夢ではなく現実よ。」
志「(コク)」
伊「そして春香は、いいえ、765 プロの全員が、一緒にライブを演ったあなた達を認めているわ。」
志「そ、それじゃ私の不安は杞憂だったってことでしょうか。」
伊「……半分はそう、でももう半分は残念ながら外れ。」
志「えっ。」
伊「春香は全員揃ってライブに臨めること、成功することを確信していた。あの時からね。いいえ、もっと前から。」
伊「春香はね、天海春香は、今や特別な存在になろうとしているの。彼女が望むことは、何でも叶うようになっているの。」
志「あ、あの、それって...」
伊「あの娘が目指す目標に、望むとも望まざるとも周りを向わせさせる。人だけじゃなく、運も引き寄せる。春香には、そんな力があるの。」
伊「あなたが理解できないのは、ココよ。そして突き放されたと感じたのも。」
志「!」
伊「まあ、普通理解できないし、そんな事感じることもない……志保、それだけあなたが、春香に近づいたってことなのよ。」
志「……それって、どういうことですか……」
伊「志保が感じたのは、突き放されたのではなく、春香との距離の大きさ。」
志「つまり、私はとても小さいということですよね、相手にされないくらい。」
伊「ち・が・う!まだ、駆け出しでもない志保がトップアイドルの座に辿り着こうとしている春香と比べること自体間違っているのよ。」
志「でも、出会ってしまった。」
伊「そう。アイドルの高みに近づいたモノとアイドルをこれから目指すモノが、同じ目線で。」
伊「あなたの苦しみの根本はここよ。何の前提もない状態で、いえ、その前提を自ら取り払ってしまって、春香と対峙してしまったの。可奈や他の子のように憧れや尊敬の対象としてであれば、気付かなかったものよ。」
志「わ、私は……」
伊「そして、認められたの。だから自信を持っていいわ。あなたの芯にある強さは本物だから。」
志「それでも、私は、アイドルを目指していいんでしょうか。」

伊「いいこと、765プロには、残念なことに、この伊織ちゃんを差し置いて、3 人の天才がいるの。」
伊「まずは、千早。あいつは自分の内に輝きを求めるタイプ。自分をトコトン突き詰めることで結果を出すのよ。あいつのストイックさは、最早皆が知るところでしょ。」
志「はい……」
伊「次に美希。これは自他共に認めるところでしょう。あいつは千早と違って、外に輝きをふりまくタイプね。本人がキラキラしたい (輝きたい) から高みを目指す。それを観た周りも、同じ輝きを見たくなって一緒に進もうと思わせる。正にアイドルの王道といえるわ。」
志「確かに……」
伊「最後に春香。美希と良く似ているように思えるけど全く違うタイプだわ。千早も美希も、トップアイドルになるために、相応しいモノになろうと、変わろうとしている。だけど、春香は、天海春香のままで、トップアイドルを目指そうとしている。そして、それが受け入れらようとしている。」
志「えっ」
伊「普通じゃないわ。多かれ少かれ、人は変わるものよ。ましてやトップアイドルを目指しているのよ、トップアイドルに相応しい人物になろうとするものよ。」
伊「でも、あいつは、春香は、天海春香のままでいようとしている。トップアイドルに相応しい天海春香ではなくてね。それを貫き通した結果か知らないけど、いつの間にか、周りを、運までも従わせる力を持つようになっているわ。春香自身は気付いていないみたいだけどね。」
志「そんな、そんな世界では私はやっていけるのでしょうか……」
伊「だからね、弱気にならなくてもいいわ。どんな天才だって、才能だけではトップアイドルにはなれないの。だから千早も美希も、春香でさえ努力しているわ。もちろん、この私もね。」
伊「ていうか、私は皆の何倍も努力しているわ。志保、あなたが今迄の活動の中で誇れるものは何?」
志「え、えっと。積み重ねてきた練習です。それしかありません。」
伊「そうよ、才能は時に自分を裏切るわ。でも積み重ねてきた努力は、積み重ねる方向さえ間違わなきゃ裏切らない。」
伊「もう一度言うわ。志保、自分に自信を持ちなさい。あなたと同じ立ち位置で、あなたに勝る練習と経験を積んだアイドル候補生は、そうそういないわ。」
伊「そして、あの天海春香に認められたのよ。」
伊「ま、この伊織ちゃんは最初から認めていたけどね。」
志「は、はい(涙)」
伊「いいものを見せてあげるわ。明日この紙に書いた場所に来なさい。私達の練習の様子を見せてあげるわ。竜宮小町が、本気でトップアイドルを目指しているアイドルユニットだってところをね。」
志「は、はいっ!ありがとうございますっ!」
伊「さ〜て、悩み事は解決したかしら。」
志「はいっ!」
伊「じゃ、ここからは伊織ちゃんのく〜だらない、おしゃべりに付き合ってもらうわよ」
志「はいっ?」
伊「最近忙しくって、誰もかまってくれないのよ。だからしゃべりたくってしゃべりたくって。ね、食事して帰るでしょう。いいから、つきあいなさーい。」
志「えっー?」